大屋 崇
香川大学とは全く無関係である私が、この『トリバネアゲハデジタル大図鑑』の作成に関与することになった経緯を、自己紹介を兼ねて述べさせていただきたいと思います。
子供の頃は、弟の厚夫(医師、前日本蝶類学会(フジミドリシジミ)会長)とチョウの採集に明け暮れる昆虫少年でした。日本のチョウしか知らなかった私は、昭和33年(1958)に発行された中原和郎・黒沢良彦著『世界の蝶』を手にした時、トリバネアゲハの圧倒的な巨大さと美しさに、これまで味わったことがないほどの衝撃を受けました。その頃、わが国は戦後から次第に経済が上向きになり、海外旅行もかなり自由になった昭和45年 (1970)、若き昆虫愛好家の永井信二君(後に甲虫の世界的研究家になる)と偶然知り合い、トリバネアゲハを採集するという夢を語るようになりました。その夢は間もなく実現となり、彼は10年以上にわたりニューギニアや東南アジアで次々と驚くべき成果を上げていきました。ビショップ博物館の職員であったRay Straatman氏との出会いがあったのもその頃です。標本や文献もある程度充実してきた頃、私は心臓血管外科の新設のため別の公立病院へ転勤し、人生で最も多忙な時期を迎えようとしていました。丁度その頃、藤岡知夫先生(その当時、慶応大学理工学部教授)から『トリバネアゲハ大図鑑』(講談社)の著者としてご推薦していただき、突然ながら二束の草鞋を履くことになりました。完成するまで多くの困難がありましたが、昭和58年 (1983)に何とか上梓することができました。この図鑑のお陰で、多くの世界的なトリバネアゲハ研究家 (G. Deslisle氏、J-P. Sclavo氏、Jan Pasternak氏、Oliver Schäffler氏、小林平一氏など)と知り合いになり、見聞を広めることができました。
さて、前置きが長くなりましたが、平成20年 (2008) 、香川大学博物館で第2回企画展が「昆虫のふしぎ」というテーマで開催されることになりました。副学長・学術担当理事であった前田肇教授(岡山大学第2外科医局の後輩)と一緒に展示用の標本を借るために我が家においでになったのが、農学部の博物館委員をされていた安井行雄先生(当時准教授)だったのです。これが二人の最初の出会いでした。このデジタル大図鑑を作成するというアイデアは、平成24年 (2012)に姫路科学館の小林平一コレクションの目録作成の打ち合わせのため、一緒に同館を訪れた時に彼の頭の中に浮かんだようです。私は74歳と高齢でしたのでこれから先、膨大な数の標本の撮影のお手伝いや解説書などを手掛けることはかなりハードルが高いと感じました。しかし、学会の事情で途中止めになった(旧)日本蝶類学会誌『Butterflies』に連載中であった『トリバネアゲハの再検討』をこれで補えると思われましたし、これまで収集してきた貴重な標本やデータをすべて開示することは今後の研究にいくらか貢献できるのではないかと思い賛同しました。発案以来12年、お互いに協力し合い、どうにか形にすることができました。この『デジタル大図鑑』には種単位で100 %、亜種単位で約90 %(タイプ標本50個体)が図示されていてほぼ全容を知ることができます。この世界一巨大で美しいチョウの魅力を少しでも知っていただけたらこれほど嬉しいことはありません。
最後になりましたが、膨大な写真や資料を基に図鑑形式に仕上げていただいた香川大学の大学院生、山河丈留氏の並々ならぬご努力に対し最大限の感謝の意を述べたいと思います。
令和6年 (2024) 12月
大屋 崇著作リスト
- トリバネアゲハの珍種(1)ブルキシタアゲハ(Troides prattorum)。ちょうちょう 3(4): 5-10, 1 pl., 1 map, 1980.
- トリバネアゲハの珍種(2)オビトリバネアゲハ(Ornithoptera aesacus)。ちょうちょう 3 (4): 11-21, 1 pl., 2 figs, 1980.
- ボルネオキシタアゲハの亜種についての再検討。ちょうちょう 4 (12): 3-12, 1 pl., figs. (A-E), 1 map, 1981.
- パプアキシタアゲハ (Troides oblongomaculata) の亜種 bandensisについて。ちょうちょう 5 (5): 2-8, fig. 1 (1-6), fig. 2 (7-10), fig. 3 (11-14), 1 map, 1982.
- ブンガラン島(ナツナ諸島)のヘレナキシタアゲハTroides helena(Linnaeus, 1758)の一新亜種について。ちょうちょう 5 (6): 2-8, pl. 1 (figs. 1-6), pl. 2 (figs. 1-6), 1 text fig., 1 map, 1 pl., 1982
- トリバネアゲハ大図鑑 (講談社)。331 pp., 136 pls., 1983.
- シムルー島(インドネシア)のアンフリススキシタアゲハの一新亜種について。月刊むし172: 4-8, 1 pl., figs. A-F, 1 map, 1985
- 黄金色のトリバネアゲハ誕生。雑種が確認されたアロッテトリバネアゲハ。Butterflies 4: 37-40, 5 figs., 1993.
- トリバネアゲハの再検討。シリーズI(トリバネアゲハ属)1 (1)(ビクトリアトリバネアゲハ亜属)。Butterflies 5: 37-48, figs. 1-19, tab. 1-3, 1993
- トリバネアゲハの再検討。シリーズI(トリバネアゲハ属)1 (2)(ビクトリアトリバネアゲハ亜属)。Butterflies 6: 41-54, figs. 20-39, 1993.
- トリバネアゲハの再検討。シリーズI (トリバネアゲハ属) 2 (1)(メガネトリバネアゲハ亜属)。Butterflies 12: 45-56, figs. 40-51, tables. 4-6, 1995.
- トリバネアゲハの再検討。シリーズI(トリバネアゲハ属) 2 (2)(メガネトリバネアゲハ亜属)。Butterflies 14: 30-41, figs. 52-67, 1996.
- トリバネアゲハの再検討。シリーズI (トリバネアゲハ属) 2(3)(メガネトリバネアゲハ属)。Butterflies 17: 51-63, figs. 68-79, 1997.
- トリバネアゲハの再検討。シリーズI(トリバネアゲハ属)2 (4)(メガネトリバネアゲハ亜属)。Butterflies 20: 18-29, figs. 80-105, 1998.
- トリバネアゲハの再検討。シリーズI(トリバネアゲハ属) 2 (5)(メガネトリバネアゲハ亜属)。Butterflies 24: 37-49, figs. 106-137, 1999.
- Taxonomische Änderungen in der Gattung Troides Hübner, 1819. Schmetterlinge der Erde. Tagfalter Teil 7, Papilionidae IV (Troides II), Goecke & Evers, 1999.
- トリバネアゲハの再検討。シリーズI(トリバネアゲハ属)2(6)(メガネトリバネアゲハ亜属)。Butterflies 29: 16-28, figs. 138-163, 2001.
- トリバネアゲハ便覧 (1758-2000)。196頁。自費出版、2001。
- トリバネアゲハの再検討。シリーズI(トリバネアゲハ属)2 (7)(メガネトリバネアゲハ亜属)。Butterflies 34: 24-34, figs. 164-183, 2002.
- トリバネアゲハの再検討。シリーズI(トリバネアゲハ属) 2 (8)(メガネトリバネアゲハ亜属)。Butterflies 38: 30-43, figs. 184-217, 2003.
- トリバネアゲハ原記載集 [1758-2008].(1)984 pp.,(2)920pp. 自費出版, 2008 – 2010。
- (改訂・増補版)トリバネアゲハ便覧(1758-2008)。288頁。自費出版、2009。
- Meek, A. S.:A Naturalist in Cannibal Land の訳本「ミークの博物採集探検記」161頁、2020。