- 亜種 croesus Wallace, 185924) [♂,♀](正式な記載: croesus (Gray, 185910)))
(分布)INDONESIA [Maluku] Bacan 島。 [分布図29]
(発見と原記載のエピソード)最初の発見者も種名をcroesus (紀元6世紀、巨万の富を所有していたLydiaの王の名)としたいと提唱したのもWallaceである。しかし、原記載となると問題がある。つまりWallaceは、3ヵ月間バチャン島に滞在中に採集した♂の簡単な説明と、採集時の様子を記した書簡を1859年1月28日付で英国のStevensに送った。そして、その書簡は同年6月6日に届き、Proc. Ent. Soc. Lond.シリーズ2の5巻に掲載された。しかし、Wallaceより送られてきた6♂♂、5♀♀の標本をもとに、croesusと命名して正式に記載したのはGrayでその論文は同年11月8日付でProc. Zool. Soc. Lond.に掲載された。つまり、原記載者はGrayということになる。だがRipponが、Grayの記載はWallaceの模写にほかならないため、先取権はWallaceにあると指摘して以来、この意見が支持されている。
Wallace(1869)『マレー諸島』(新妻昭夫訳、筑摩書房)による本種発見の有名なエピソードを紹介する。「翌日、私はその灌木の所へ行き、まんまと♀1頭を捕らまえた。さらにその翌日には♂を1頭捕らまえた。期待どおり、そいつらはこのうえなく豪華な全くの新種であり、世界でもっとも絢爛な色彩のチョウといってよかった。♂の翅の破れていない標本は差し渡し17.5cm以上、ビロードのような黒と燃えるような橙色である。この橙色の部分は、他の近縁種ではどれも緑色をしている。この昆虫の美しさと鮮やかさは筆舌につくし難く、博物学者でなければ私がついにこのチョウを捕らえた時に経験した強烈な興奮を理解できないであろう。このチョウを捕虫網から取り出し、その輝かしい翅を開かんとしたとき、心臓の鼓動が激しくなって血液が一気に頭にのぼり、それまで経験したことのないほどの眩暈を感じて卒倒しかけ、そのまま死んでしまうのではないかと思った。その日はそれからずっと頭痛が取れなかった。―ふつうの人には何でもないことで、それほど興奮してしまったのである。」
(斑紋)♂:翅の地色は黒褐色。斑紋の色は金黄橙色で、金緑色の幻色があり、亜種lydiusより明るい。前翅では幅広い亜前翅帯と小さい臀縁帯だけで、亜外縁斑や翅央部条斑はない。後翅には亜前縁室、第6、5室の中室側、中室内および亜外縁に半透明黄金斑があるが、それらは亜外縁黄金斑点がない亜種lydiusより小さいし、黒色翅室斑点も微細または欠如する。裏面の斑紋は金黄緑色で前翅では小さい。
♀:翅の地色は黒褐色で、斑紋は灰白色。前翅の数条の条斑からなる中室斑、亜翅頂斑、亜外縁斑、翅室斑はすべて小さい。後翅の翅室斑は楔状でハート型の暗色翅室斑点で内外に2分される。
(変異)♂-f. lydioides Fruhstorfer, 19009):(前翅の色調変異)表面の斑紋が亜種lydiusに似た暗深紅色で、亜翅頂部は暗赤銅色。
♀-f. bahmedi Deslisle, 20043): (特殊な変異)左側は黒化型、右側は白化型。左側は前・後翅とも典型的な黒化型。右側は少し変形した白化型。右前翅の殆んどすべての白色斑は拡がり、右後翅では中室斑は大きく、楔状の暗色翅室斑点は小さい。
f. loc. wallacei Deslisle, 19911) [♂, ♀]
(分布)INDONESIA [Maluku] Mandioli 島。 [分布図29]
(発見と原記載のエピソード)1991年1月にマンデイオリ(Mandioli)島で採集された5♂♂、1♀に基づいて同年Deslisle氏がO. (O.)croesusの亜種として記載した。亜種名はイギリスの有名な博物学者Alfred Russel Wallace (1823-1913)に因む。
(特徴)Bacan島の西南にある小さい島であるMandioli島に生息し、名義タイプ亜種に酷似するが、♂の後翅の斑紋はかなり安定している。
(斑紋) ♂:名義タイプ亜種との決定的な識別点は見い出せないが、前翅の亜前縁帯が広く中室端を巻き込むように広がる個体が多い。後翅では黒色翅室斑点が第5室に1個、または欠如する個体が多い。斑紋は緑色の反射がより強い。
♀: 名義タイプ亜種との識別は困難。
(変異) ♂-f. biaureomaculata Schäffler, 200120):(後翅の斑紋変異)亜外縁に半透明黄金斑点列がある上に、さらにその内側に翅室黄金斑列があるもの。
♂-f. foli Deslisle, 20043): (後翅の斑紋変異)亜外縁の半透明黄金斑点が第1b室から第4室で欠如するもの。
♂-f. andreae Schäffler, 200120): (前・後翅の色調変異)斑紋が濃い緑色の幻色で覆われるもの。
♀-f. bodnari Deslisle, 20164): 脚に黄色鱗が付着するもの。
f. loc. helios Kobayashi & Hayami, 1992 14) [♂], [♀: Hayami, 199413)]
(分布)INDONESIA [Maluku] Kasiruta 島。 [分布図29]
(発見と原記載のエピソード)1990年1月にカシルタ(Kasiruta)島で採集された2♂♂に基づいて、小林・速水の両氏によって1992年に新亜種として記載された。それまで未知であった♀は2年後の1944年に速水氏によって報告された。亜種名は4頭建ての馬車で天空を東から西に横切り、夜は黄金の杯でオケアノスを航海して東に戻る太陽神Helios (=Apollo)に因む。
(特徴)Bacan 島の西北の小島Kasiruta島に生息する。名義タイプ亜種に酷似するが、♂の後翅の半透明黄金斑点が大きいのが特徴である。
(斑紋)♂:f. loc. wallacei と同様に後翅の黒色翅室斑点が第5室に出現する個体が多いが亜外縁の半透明黄金斑点がより大きいのが特徴である。
♀:明瞭な識別点は見い出せない。
(変異)♂-f. atalli Deslisle & Sclavo, 20156): (前・後翅の斑紋・色調変異) 前翅の亜前縁帯は狭く、第7,8室に半透明黄金斑があり、亜外縁帯が小さい。後翅の半透明黄金斑点は小さく、黒色翅室斑点が4個存在する。前・後翅とも斑紋の色は♂-f. andreaeと同様に黄色で緑色の幻色がある。