微生物の中の「分裂酵母」

微生物は、お腹の中にいる大腸菌や乳酸菌、極限環境で生育する微生物、発酵食品で活躍する酵母やカビなど多種多様です。これらの中で、私達の研究の主役はシゾサッカロミセス属である「分裂酵母」です。聞き慣れない名前かも知れませんが、単細胞として増殖する真核生物「酵母」の一種です。日本でパンやお酒が美味しくいただけるのはサッカロミセス属である「出芽酵母」の長年の育種成果によるものですが、実は分裂酵母もタンザニアでキビからつくられるポンベ酒やジャワ島で糖蜜からつくられるチウなど、古くから発酵食品に使われています。

 

生命科学や物質生産でも貢献

生命科学の分野でも「分裂酵母」は2002年にゲノムプロジェクトが完了し、現在では解析されたゲノム情報の公表(PomBase:https://www.pombase.org)により、出芽酵母やヒト、その他多数のモデル生物のゲノム情報との相互比較ができるように整備されています。近年ではPaul Nurse博士が細胞周期の研究において2001年度ノーベル医学・生理学賞を受賞したことからも、細胞周期制御の解明に対する貢献が非常に大きい微生物です。
 私達が興味を抱いている物質輸送の領域は、細胞周期も連関したダイナミックな形態(膜構造)変化や制御が伴います。例えば、細胞質で作られたタンパク質が細胞外へ分泌するためには複数の細胞内小器官内の品質管理をパスしながら通り抜け、途中で糖鎖や脂質の修飾を受けながら細胞膜や細胞外へ成熟したタンパク質として輸送小胞を介して選別輸送されます。これらのタンパク質が不要になれば、目印(ユビキチン化など)が付加されることで速やかに細胞内に小胞輸送され液胞等で分解されます。分裂酵母のDNAやmRNA、タンパク質や代謝産物の解析により、様々なストレスや栄養条件によって特異的に分泌生産されるタンパク質の存在も分かってきました。これらの過程を解析するために、様々なモデルタンパク質や発現系の構築、遺伝子破壊株の単離と解析を行っています。得られた知見をもとに、小胞輸送、タンパク質品質管理、糖鎖修飾の制御を行うことで有用(異種)タンパク質の生産に適した「分裂酵母」をつくり出すことも目指しています。

粗面小胞体膜で働いている糖鎖修飾酵素に、緑色発光する蛍光タンパク質を遺伝子工学的につなぎました。生きた細胞のどこで働いているか、一目瞭然です。
遺伝子レベルでアミノ酸を削ったり、挿入したりすることで、正しい局在に重要なアミノ酸配列を解析できます。

分裂酵母の分泌経路は興味深い

分裂酵母のゴルジ体は明確な層板構造を有する細胞内小器官(緑色)です。ゴルジ体の初期層板では、粗面小胞体(黄緑色)から輸送されてくる分泌タンパク質の受け取りや、粗面小胞体で働くタンパク質の逆行輸送していますが、この過程に関与するタンパク質の解析を行っています。また、ゴルジ体の内腔で働く、糖鎖修飾に関わるタンパク質の解析や、膜貫通領域を切断するタンパク質分解酵素の解析なども行っています。さらに、ゴルジ体の表層に存在するタンパク質の解析も行っており、層板構造の維持や輸送過程に必要な新規なタンパク質の同定も試みています。この他にも、動物細胞で機能が不明な関連遺伝子を分裂酵母を用いて解析を試みており、ゴルジ体の機能や物質生産に関する重要な知見が得られています。