3ヶ年の研究成果報告書
(2023年度~2025年度)
「微小生物を用いた環境負荷低減技術開発事業」
(日本中央競馬会畜産振興事業)


1.概要
畜産現場では、固形状の排せつ物は堆肥化や焼却により処理され、汚水状の排せつ物は活性汚泥法により処理され河川放流または農地還元されている。またスラリー状の排せつ物は、メタン発酵消化液等により農地還元または汚水浄化処理されている。堆肥化処理や焼却処理は多くの二酸化炭素を排出し、排せつ物の量に合わせたスペースが必要となる。活性汚泥処理では硝酸態窒素やリンが含まれた処理水が放流され、メタン発酵処理では処理施設の敷地内に巨大な貯留槽を設け、⾧期間に亘りメタン発酵消化液の水分を蒸散させている。家畜排せつ物法や水質汚濁防止法により、畜産現場から排出される環境負荷物質の上限量(暫定排水基準)が定められている中で、令和7年6月末以降はより低い値に設定されるため、排水基準を満たすために、脱窒槽や濾過装置などの排水処理施設の増設が必要となる。このように、従来の家畜排せつ物処理技術は環境負荷物質を多く排出していることから持続可能性が極めて低く、早急に環境に配慮した新たな家畜排せつ物処理技術を実現させる必要がある。
本事業の目的は、高速増殖型珪藻および昆虫といった微小生物を活用した新たな家畜排せつ物処理技術を開発することである。珪藻を用いた処理試験では、各種排水に含まれる栄養物質を利用して珪藻が増殖するにあたり、排水の最適添加量や塩分濃度など、処理条件の検討を行った。昆虫による排せつ物処理試験では、牛ふんや豚ぷん、鶏ふんをイエバエ幼虫に処理させる試験を行い、畜種ごとに最適な処理条件を調査し、どの程度温室効果ガスを低減できるのかを調べた。また、以上から得られた藻体、虫体および残渣の肥料的価値を評価した。これにより、高速増殖型珪藻を活用した排水処理装置の導入し、全国のメタン発酵消化液の2%程度を本珪藻により処理することを目指した。また本事業により得られる藻体や虫体、残渣を肥料として利用することで、現時点と比して1%の化学肥料使用量の低減が期待される。
2.達成目標
本事業では、高速増殖型珪藻および昆虫といった微小生物を活用し、家畜排せつ物や活性汚泥処理水、メタン発酵消化液などの畜産に関連した環境負荷物質排出量を低減させる。また、珪藻は大気中の二酸化炭素を炭素源として増殖し、昆虫は速やかに家畜排せつ物を処理するため堆肥化に比べ昆虫処理は温室効果ガス排出量が少ないことが予想されることから、カーボンニュートラルの実現に寄与する技術の開発を目指す。
①高速増殖型珪藻による畜産関連排水処理試験
高速増殖型珪藻を用いた処理試験では、畜産現場から排出される活性汚泥処理水およびメタン発酵処理施設から排出されるメタン発酵消化液といった畜産関連排水を珪藻に処理させる。珪藻培養液の温度や活性汚泥処理水やメタン発酵消化液の珪藻培養液中への添加量を調査することで、高速増殖型珪藻による畜産関連排水の最適な処理条件を明らかにする。
②昆虫を活用した家畜排せつ物処理技術の開発
昆虫を用いた処理試験では、固形状の家畜排せつ物である牛糞や豚糞、鶏糞をイエバエ幼虫に処理させる。昆虫の飼育温度や畜糞に対する幼虫の密度の違いが処理効率に及ぼす影響を調査することで、昆虫による家畜排せつ物の最適な処理条件を検討する。また、家畜排せつ物の堆肥化処理時と昆虫処理時に発生する温室効果ガス量をガスモニターにより経時的に測定することで、昆虫による家畜排せつ物処理の有用性を評価する。
③藻体および虫体、昆虫処理残渣の肥料価値評価試験
①、②の試験で得られる藻体や虫体、昆虫処理残渣の肥料的価値を評価するために、成分分析や腐熟度試験、水稲栽培試験、イネ科牧草栽培試験を行う。
3.研究成果実績
①高速増殖型珪藻による畜産関連排水処理試験
高速増殖型珪藻を用いて、畜産排水に含まれる栄養分を効率的に処理する条件を確立した。室内試験では、活性汚泥処理水が最も培養に適し、未処理排水や発酵消化液は低い添加率(数%以下)であれば培養に適することがわかった。屋外連続培養では、春・秋季の増殖不良を少量の未処理排水添加で改善でき、安定的に培養を継続する際には、初期接種量を夏季は1%、春・秋季は10%程度とすることが適切であることがわかった。塩分については5‰~30‰という広範囲で高い増殖性を維持し、かなりの低塩分条件でも増殖可能であることを確認した。
②昆虫による家畜排せつ物処理試験
イエバエ幼虫を用いた家畜排せつ物処理では、豚ぷんが最も効率的に処理可能であった。特に水分量の高い子豚の糞が適しており、豚ぷん1 kgに対し卵0.5 gを投入し、厚さ4~6 cmで処理する方法が最適条件であった。従来の堆肥化には3~6ヶ月を要するが、幼虫処理ではわずか7日間程度で砂状の処理残渣(フラス)が得られた。また、アンモニアの初期発生量は多いものの、全体の温室効果ガス排出量は従来の堆肥化に対して1/3~1/4程度に抑制できると試算された。
③珪藻体や虫体、昆虫処理残渣の肥料価値評価試験
珪藻粉末は窒素、リン、ケイ素を豊富に含み、小松菜およびイタリアンライグラスの栽培試験において、ナタネ油粕と同等以上の生育促進効果を示した。昆虫処理残渣(フラス)については、イタリアンライグラスを太く丈夫に育てる傾向や、水稲栽培における有意な収量増加が確認されたほか、一定の雑草抑制効果も示唆された。土壌細菌叢への影響も⾧期的には限定的であり、排水・排せつ物由来の資源が、化学肥料に代わる持続可能な肥料として機能することが実証された。
4.自己評価
ア)必要性・緊急性
従来の家畜排せつ物処理技術は環境負荷物質を多く排出しているが、令和7年6月末以降は現在の畜産排水中の窒素やリン濃度の基準が厳しくなることから、畜産農家は新たに脱窒槽を導入するか、産業廃棄物処分費を支払い、家畜排せつ物処理を業者に依頼する必要がある。飼料価格の高騰に加え、家畜排せつ物の処理コストの増加による経営費の圧迫が目前に迫っていることから、環境に配慮した新たな家畜排せつ物処理技術を実現させる必要があり、本事業の必要性・緊急性は高かった。
イ)国の施策との関連
家畜排せつ物は家畜排せつ物法や水質汚濁防止法により、固形状の家畜排泄物は堆肥舎などを設け、流出しないようにすることが求められており、汚水状の家畜排泄物は活性汚泥処理後、排水基準値以下の処理水の放流が認められている。現状の暫定排水基準では、窒素化合物は豚では400㎎/L、牛では300 mg/Lに設定されているが、令和7年6月末以降はこれらの基準はより低い値に設定されるため、排水基準を満たすために排水処理施設の増設が必要となる。なお農林水産省は、みどりの食料システム戦略において、土地のリソースに頼った対策しか挙げられておらず、家畜排泄物の新規処理技術開発に対する直接的な助成は行っていない。
ウ)新規性・先導性
高速増殖型珪藻は、一般に知られている微細藻類に比べて桁違いの増殖性を持つことが大きな優位性である。無機態窒素やリンの1日当たりの消費量は他の藻類に比べて圧倒的に高い。また、回収後の藻体は窒素、リン、カリウム、ケイ素を含むことから、肥料として利用可能である。
昆虫は家畜排泄物を餌料に利用可能であるため、珪藻で処理が難しい固形物については昆虫に処理させることで、おが粉やもみ殻などの資材を必要とせず、堆肥化処理よりも迅速に処理することが可能である。また、得られた虫体は窒素を豊富に含むため、熱処理・粉砕処理後は肥料として利用することで、藻体と併せて、家畜排せつ物から新たな国産肥料を生産することができる。
エ)投入した資源の妥当性
事業の実施において、可能な限り経費の節減と合理化を図ると共に、人件費の変更が生じた際には事業の推進を妨げないよう人材配置を行った。当初計画額どおりの事業費で、予定どおりの成果をあげたことから、投入資源の規模・内容等は妥当であると考える。
オ)事業計画・実施体制の妥当性
年2回の推進委員会の開催、および適宜各委員に意見を求める事業の実施体制、各部署と連携した効率的な事業を遂行できたことなどから、事業計画・実施体制は妥当であった。
カ)事業の達成度
家畜排水を利用した高速増殖珪藻の培養試験および昆虫を利用した固形排泄物の処理について、その有用性と最適条件を検証するとともに、これらの試験で得られた藻体、虫体、残渣について肥料的価値を検証した結果、目標を計画通り達成することができた。これらにより、最終成果目標である高速増殖型珪藻を活用した畜産関連排水処理装置の開発、および化学肥料使用量の削減についても、目標どおりの達成が期待できる。
キ)事業成果の普及性・波及性
家畜排水を利用した高速増殖珪藻の利用については、二枚貝の餌料として珪藻を高速で生産できる観点から、二枚貝の陸上養殖に関する利用を複数の民間企業から打診されており、2026年度から実装に向けて共同研究を計画している。また藻体、虫体、残渣ともに化学肥料と同等かそれを幾分上回る肥料価値が認められたことから、当初の計画通りの普及性・波及性が見込まれる。
ク)総合評価
中間成果指標、直接指標とも目標値をすべて達成できた。本事業の成果については学会での発表(3件)と本学のHPで報告するとともに、今後の民間企業との実装試験につながるなど、事業成果の波及効果も期待される。今後、最終成果指標の達成に向けて、引き続き新たに生じた課題や実装に関わる試験研究を実施していく。
5.外部専門家等のコメント
・3年間の成果として、非常に順調に目的を達成できたと思う。今後の展開として、本事業の試験規模として高速増殖型珪藻が炭素や窒素をどれだけ固定できたのかについて、例えば規模を100倍にした場合にどれだけ環境負荷物質を処理できるか、具体的な数値があると外部へよりアピールしやすくなるのではないか。また、現在水産業界で検討されている陸上養殖で課題となっている餌料生産に対して大きく貢献できる可能性がある。これだけ短時間で餌料を生産できれば、当該業界でブレークスルーになる可能性を秘めていると思う。今後の発展に期待したい。
・珪藻培養に使用した香川大学農学部附属農場の排水濃度(TNなど)は、一般的な農家と比べて幾分低いように思える。浄化槽の形式や管理状況が異なると、排水の水質も異なる可能性があるので、実装する場合を想定して、他のいくつかの処理施設の排水についても試験を行っておくべきだと考える。また、残渣(フラス)を施肥することで、主産物であるイネ(水稲)への悪影響は見られず、雑草の生育が抑制されることは興味深い。本事業ではその現象が確認されたことに留まるが、今後、そのプロセスが明らかになると面白い。
・3年間の事業を通じて、当初の目的をすべて達成できた点は高く評価できる。家畜排水を直接散布するのではなく、一度珪藻という「有機物」に変換してから肥料化するアプローチは、資源循環の観点から見て意義深い。一方、珪藻の培養において、次亜塩素酸ナトリウムによる滅菌操作をした方がより安定的に培養できるという点は、化学物質の使用という面で消費者の抵抗感を招く恐れがあるため、使用するのであれば、今後検討が必要になる可能性がある。昆虫残渣の施肥について、水稲の収量増加や副次的に雑草の抑制効果が確認されたことは大きな成果である。一方で、イタリアンライグラスを用いたポット実験では良好な結果が出ているものの、実際の圃場(田畑)では土壌の地力のためか明確な差が出ておらず、現場での効果については今後の検証が必要である。
(微小生物を用いた環境負荷低減技術開発事業推進委員会)
6.事業成果の公表
・普及
【学会・シンポジウム等発表】
1.川﨑淨教.食品廃棄物を活用した昆虫養殖と水畜産飼料への展開.山口県産業技術センター令和6年度バイオセミナー「持続可能な食と農のイノベーション」,2025年2月17日
2.一見和彦.高速増殖珪藻の生態と産業利用.令和7年度日本水産学会春季大会シンポジウム「見過ごされてきた極めて小さな珪藻の研究と応用,2025年3月26日
3.伊藤啓大,中國正寿,山口一岩,一見和彦.高速増殖型珪藻Chaetoceros
calcitransの屋外連続培養.令和7年度日本水産学会秋季大会,2025年9月25日




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