解離定数を求めるのにScatchard plotを使うべきではないという話

非線形の式を変形して、線形回帰を適用するのはやってはいけないという話は昔から知られていると思いますが、実際に得られる値にどれくらい差があるのかを調べたことはなかったのでやってみました。

非線形の式を、線形に変換してパラメータを求める方法には、リガンド結合試験におけるScatchard(スキャッチャード)plot、酵素反応速度論におけるLineweaver–Burk(ラインウィーバー・バーク)plot、Eadie-Hofstee(イーディー・ホフステー)plot、Hanes–Woolf(ヘインズ・ウルフ)plotがあります。今では、これらの方法ははるかに正確な(かつ簡単に利用可能になった)非線形回帰に置き換えられており、データの視覚化目的以外では使用するべきではないとされています(自分の卒論では、詳しくなかったので、Hanes–Woolfプロットから酵素反応のKmVmaxを求めていました)。

Scatchard方程式とプロット

導出

受容体とリガンドの間で以下の平衡が成り立っているとします。

\[ [R] + [L] \rightleftharpoons [RL] \]

解離定数Kd

\[ K_{\mathrm d} = \frac{[R][L]}{[RL]} \]

で、

\[ [R_{\mathrm T}] = [R] + [RL] \]

から、

\[ [RL] = \frac{[R_{\mathrm T}][L]}{K_{\mathrm d} + [L]} \]

となる。この式は酵素反応速度論のミカエリス・メンテン(Michaelis–Menten)式に相当する非線形の式です。

一方で、同じ式を変形すると、

\[ \frac{K_{\mathrm d}[RL]}{[L]} = -[RL] + [R_{\mathrm T}] \]

となり、両辺をKdで割ると、

\[ \frac{[RL]}{[L]} = -\frac{1}{K_{\mathrm d}}[RL] + \frac{[R_{\mathrm T}]}{K_{\mathrm d}} \]

となり、Scatchard(スキャッチャード)方程式となります。この式はミカエリス・メンテン式の線形表現の1つであるイーディー–ホフステー(Eadie–Hofstee)図に相当します。

この式から、[RL](x軸)に対して [RL]/[L](y軸)をプロットして線形回帰すると、傾きが−1/Kd、x軸切片が [RT] の直線が得られます。このプロットの特徴として、リガンドに対する親和性が異なる複数の結合部位が存在する時は、プロットは直線ではなく、下に凸の曲線になります。

パラメータを求めるためであれば、Scatchard plotよりもHanes-Woolf plot型の

\[ \frac{[L]}{[RL]} = \frac{1}{[R_{\mathrm T}]}[L] + \frac{K_{\mathrm d}}{[R_{\mathrm T}]} \]

の方が正確ですが、このプロットからは親和性の異なる複数の結合部位が存在することを読み取るのは困難です。

問題点

Scatchard plotの問題点としては、x座標([RL])とy座標([RL]/[L])が独立変数になっていない(どちらにも [RL] が含まれている)ため、最小二乗法が本来適用できないこと(最小二乗法はx座標が説明変数〈実験誤差を含まない〉、y座標が目的変数〈実験誤差を含む〉であることを想定している)や適合度の指標である相関係数を適用できないこと、そもそも直接パラメータを推定するのではなく間接的、外挿で求めていることなどが挙げられます。

そのため、論文では大抵、結合飽和プロットの横か中に小さくScatchard plotを載せてあります(例: Braun (2005))。

練習問題

以下のURLにアーカイブされている講義資料の練習問題を解いてみました。

https://web.archive.org/web/20091007171045/http://www.biochem.oulu.fi/Biocomputing/juffer/Teaching/PhysicalBiochemistry/PhysBiochem-protein-ligand.pdf

“Mg2+とADPは1対1の錯体を形成する。結合実験において、ADPの総濃度は80 µMに一定に保たれている。以下の表のデータから解離定数Kdを求めなさい。”

Total Mg2+ (µM)Mg2+ bound to ADP (µM)
2011.6
5026.0
10042.7
15052.8
20059.0
40069.5

まず、[RL] = [RT][L]/(Kd + [L]) から、[L] = Kd の時に [RL] = [RT]/2 = 40 µMとなるので、おおよそのKdの値の見当が付きます。

Rプログラムを使用して解析します。

# Rソフトウェア
> TotalMg = c(20, 50, 100, 150, 200, 400) #Total Mg2+
> B = c(11.6, 26.0, 42.7, 52.8, 59.0, 69.5) #Bound Mg2+。式中の [RL]。
> F = TotalMg - B #Free Mg2+。式中の [L]。
# 非線形回帰
> result_nonlinear = nls(B ~ Rt*F/(Kd + F), start=c(Rt=10, Kd=10))
> summary(result_nonlinear)

Formula: B ~ Rt * F/(Kd + F)

Parameters:
   Estimate Std. Error t value Pr(>|t|)    
Rt 79.92642    0.08296   963.5 6.96e-12 ***
Kd 49.86861    0.15975   312.2 6.32e-10 ***
---
Signif. codes:  0 ‘***’ 0.001 ‘**’ 0.01 ‘*’ 0.05 ‘.’ 0.1 ‘ ’ 1

Residual standard error: 0.05816 on 4 degrees of freedom

Number of iterations to convergence: 5 
Achieved convergence tolerance: 1.579e-06

> confint(result_nonlinear)
Waiting for profiling to be done...
       2.5%    97.5%
Rt 79.69637 80.15752
Kd 49.42630 50.31459

非線形回帰で求めた解離定数Kd = 49.87 µM, [RT] = 79.93 µMでした。Rtに80を代入して非線形回帰すると、Kd = 49.99 µMでした。

次に、Scatchard plotからKd と [RT] を求めます。

# Rソフトウェア
> result_linear = lm(B/F ~ B)
> summary(result_linear)

Call:
lm(formula = B/F ~ B)

Residuals:
         1          2          3          4          5          6 
 0.0038911 -0.0026571 -0.0032285 -0.0010654 -0.0005134  0.0035734 

Coefficients:
              Estimate Std. Error t value Pr(>|t|)    
(Intercept)  1.6115350  0.0033919   475.1 1.18e-10 ***
B           -0.0202132  0.0000709  -285.1 9.08e-10 ***
---
Signif. codes:  0 ‘***’ 0.001 ‘**’ 0.01 ‘*’ 0.05 ‘.’ 0.1 ‘ ’ 1

Residual standard error: 0.00342 on 4 degrees of freedom
Multiple R-squared:      1,	Adjusted R-squared:  0.9999 
F-statistic: 8.128e+04 on 1 and 4 DF,  p-value: 9.081e-10

回帰直線の傾き −1/Kd = -0.0202132、[RT](x切片)= −y切片/傾き = 1.6115350/0.0202132 から、Kd = 49.47 µM、[RT] = 79.72 µM と求まりました。

この練習問題は解離定数Kd = 50 µMを使って各点の値が出されているのですが、Bound Mg2+ の値を丸めた時の誤差で、非線形回帰とScatchard法で得られたKd値と [RT] 値に差が出ているようです。小数点以下第2位まで使って計算すれば、非線形回帰でKd = 49.99、Scatchard法でKd = 49.97と理論通りに値が求まります。

実データ

上の理想的な値を使った練習問題では非線形回帰とScatchard plotでほとんど違いはありませんでしたが、実際の実験データではどうなるか試してみました。

> B = c(0.729,0.805,0.748,1.328,1.317,1.314,1.905,1.936,1.851,2.546,2.414,2.355) #単位はnM
> F = c(6.102,5.532,5.490,10.448,11.710,11.092,22.863,24.570,24.401,48.750,46.621,46.682) #単位はnM
> result = nls(B~Rt*F/(Kd+F),start=c(Rt=3,Kd=0.2))
> summary(result)

Formula: B ~ Rt * F/(Kd + F)

Parameters:
   Estimate Std. Error t value Pr(>|t|)    
Rt   3.3825     0.1127   30.01 3.95e-11 ***
Kd  18.3799     1.4360   12.80 1.59e-07 ***
---
Signif. codes:  0 ‘***’ 0.001 ‘**’ 0.01 ‘*’ 0.05 ‘.’ 0.1 ‘ ’ 1

Residual standard error: 0.06848 on 10 degrees of freedom

Number of iterations to convergence: 6 
Achieved convergence tolerance: 1.785e-07

> confint(result) #95%信頼区間
Waiting for profiling to be done...
        2.5%     97.5%
Rt  3.148358  3.652665
Kd 15.470323 21.906326

非線形回帰で求めた解離定数Kd = 18.4 nM, [RT] = 3.38 nMでした。

> result_lm = lm(B/F ~ B)
> summary(result_lm)

Call:
lm(formula = B/F ~ B)

Residuals:
       Min         1Q     Median         3Q        Max 
-0.0207551 -0.0043123  0.0007946  0.0048720  0.0171733 

Coefficients:
             Estimate Std. Error t value Pr(>|t|)    
(Intercept)  0.177090   0.008028   22.06 8.21e-10 ***
B           -0.050571   0.004659  -10.85 7.46e-07 ***
---
Signif. codes:  0 ‘***’ 0.001 ‘**’ 0.01 ‘*’ 0.05 ‘.’ 0.1 ‘ ’ 1

Residual standard error: 0.01015 on 10 degrees of freedom
Multiple R-squared:  0.9218,	Adjusted R-squared:  0.9139 
F-statistic: 117.8 on 1 and 10 DF,  p-value: 7.464e-07
> confint(result_lm)
                  2.5 %     97.5 %
(Intercept)  0.15920357  0.1949766
B           -0.06095189 -0.0401892
> -1/result_lm$coefficients[2]
       B 
19.77436 
> -result_lm$coefficients[1]/result_lm$coefficients[2]
(Intercept) 
   3.501842 

低濃度側の2つのB/F値の範囲が重なってしまっています(Fの逆数を使うため、誤差が大きく増幅されている)。Scatchard plotから求めた解離定数Kd = 19.8 nM, [RT] = 3.50 nMでした。非線形回帰で求めた値と比較するとKd は約8%、[RT] は約4%大きい値でした。

解離定数Kdの95%信頼区間を比べると、非線形回帰ではKd = 18.4 (95% CI: 15.5–21.9)、スキャッチャードプロットではKd = 19.8 (95% CI: 16.4–24.9) でした。

References

  • Braun, Derek C.; Garfield, Susan H.; Blumberg, Peter M. “Analysis by Fluorescence Resonance Energy Transfer of the Interaction between Ligands and Protein Kinase Cδ in the Intact Cell”. J. Biol. Chem. 2005, 280(9), 8164-8171. doi: 10.1074/jbc.M413896200
  • Scatchard, George “The Attraction of Proteins for Small Molecules and Ions”. Annals of the New York Academy of Sciences 1949, 51(4), 660–672. doi: 10.1111/j.1749-6632.1949.tb27297.x.

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